1.「人が成長する」ということはどういうことか?
家庭や学校とは違う企業において「人が成長する」とはどういうことか。企業は「仕事をするところ」ですから、企業において「人が成長する」とは、その人が「より良い(良く)仕事をする」ことができるようになる、ということです。
単に仕事に必要な知識や技術を習得する、ということではなく、仕事上のな課題や問題に対応しそれを解決する、という「解決する能力」を、学習や経験を通じて身に付け、発揮して行けるようになるということです。
そして、組織協働体である企業においては、仕事上の解決や成果は、ひとりの能力や努力ではなく、多くの人の理解や支持や協力を通じてこそもたらされ、その意味で「人と組織を通じて成果を出す能力」が「仕事をする能力」です。
(1)人が「仕事(組織的協働)をする」上での成長段階を経るということ
「仕事をする」上での人の成長については、以下のような三つの「成長段階」を想定できます。この成長段階を意識することは、部下を指導・育成する上でも、企業の人事評価・処遇制度を構築する上でも重要なことです。
①人の成長の第一段階:遂行レベル
… この段階は、「個別具体的な指示命令に従って、正確・迅速・丁寧に仕事をする」ことが期待されるレベルです。このレベルにおいては「正確さ」を担保する仕組みや、「迅速さ」の習慣化や、「丁寧さ(親切さ)」の工夫が必要です。
②人の成長の第二段階:判断レベル
… 第二段階は、「個別具体的な指示命令を受けなくても(一般的・包括的な指示だけで)その目的や趣旨に沿う判断に基づいて仕事を進めることができる」レベルです。上司の視点から見れば「一定範囲の仕事を一任できる」レベルです。
③人の成長の第三段階:指導レベル
… 第三段階は、「仕事上の判断が信頼を得るようになり、周囲から判断や指導を求めらる」レベルです。上司の視点から見れば、「一定規模の担当者のグループの監督や指導を任せられる」レベルです。
*上記の上位に、④組織マネジメントを通じて仕事の成果をあげることを専らとするレベル、⑤自ら高度に専門的な能力や知見をもって事業に貢献するレベルを想定でき、その上で企業の人事諸制度を構築できます。
(2)人の「社会性と共同性」が高まるということ
社会人・職業人として、企業における組織的協働を通じて、多くの人の理解や協力を引き出しながら、人と組織を通じて問題や課題を解決し、成果をあげ続けるために必要な能力は、総じて言えばその人の「社会性と共同性」です。
① IQの高さをより有効に発揮させるEQの高さ
② 人の理解や協力を引き出すコミュニケーションの力
③ 仕事の相手に対する想像や配慮の力
④ 人やものごとに対する思慮深さ
⑤ 上記の力を通じて良好な人間関係を築く力
⑥ 自分自身を動機付ける力
⑦ 自分自身を成長させる力
⑧ 総じて「人と組織を通じて仕事をする」力
⑨ デシジョンとオリエンテーションとモチベーションの力
(3)人の言動・態度・思考・習慣が「変容する」し、それが「定着する」こと
人が「成長する」とは、何らかのかたちで、対象たる人の言動や態度や思考や習慣が「変容する」こと、およびその変容がその人の言動や態度や思考や習慣に定着する(「当たり前」になる)のでなければ意味も効果もありません。
ところで人の属性によっては「変わる(変容する)」または「変える(変容させる)」ことの難易度が異なりますので、何を「育成(=成長の促進)」上のテーマとするかによって、企業が投入すべき時間は異なります。
① 知識や技術が「変容」すること
このレベルにおいででさえ、「どうすれば良いか」を単に「知っている」だけでは実務では役に立たず、現実に生じるさまざまな制約や困難を克服しながら「出来るようになる」ことが学習であり変容であり成長です。
さらには、企業における「仕事」は、「組織的協働」として行われるのが常態ですので、必要な知識や技術は、「仕事」そのものに関する知識や技術に留まらず、「組織協働的な仕事の進め方」に関する知識と実践です。
② 言動や態度が「変容」すること
仕事上の「言動・態度やその習慣」は、上記に次いで比較的変容が容易であり、変容が必要な分野です。例えば仕事に関する情報と意思の共有不足など、組織的協働性に欠ける言動・態度・習慣があれば速やかに是正すべきです。
そうした観察と評価の内容と結果を当該組織を構成する人たちに適切にフィードバックし、振り返りと気づきと改善の内発的な動機付けを生じさせることができれば、人と組織の成長が同時に促進されるでしょう。
③ ②の背景となる思考やその習慣が「変容」すること
例えば問題のある「言動・態度やその習慣」の背景には、それに照応する(その原因・理由となる)何らかの特徴や傾向のある「考え方(思考パターン)やその習慣」の存在がある、というのが筆者の見方です。
育成(コーチングやカウンセリング)で変容可能であり、変容すべきなのは、「考え方(思考パターン)やその習慣」およびそれに起因する「(特に、好ましくない仕事上の)言動や態度およびその習慣」であると筆者は考えます。
④ パーソナリティーが「変容」もしくは「適応」すること
上司として実際に部下の指導・育成を経験すれば分かりますが、「こうしてほしい(こうあってほしい)」という上司の願いに対する、事実上の「壁」になるのが「自己肯定(自己尊厳)の意識」とこの「パーソナリティー」でしょう。
「パーソナリティー」は「育成」ではなく、「採用」の問題です。ただ、幼児期に形成されたパーソナリティーを土台にして、本人が社会性と共同性を築き上げることは、企業という場において長期的かつ緩やかには可能です。
⑤ 生来の気質が「適応」すること
人の「パーソナリティー」は、外的な刺激に対する、人それぞれの「気質(個体・生体的な特質)」に基づく反応と、それに対する周囲の人(親や兄弟など)の「反」反応を通じて学習され、形成されたものであろうと筆者は推察します。
「気質」の云々は、まさに人それぞれの「人格」の根本的部分として、本人自身がそれに向き合い、それに基づくパーソナリティーや言動・態度・思考・習慣を、本人自身がどのように選択的に形成するか、という問題でしょう。
2.「組織が成長する」とはどういうことか?
(1)働く人たちがより「社会性」と「共同性」を高めること
「組織」と言ってもそこに「組織」というものが「実体」として在るわけではなく、そこに在るのは「組織的に(または非組織的に)ふるまう人たち」であり、それらの人たちの「組織的な(または非組織的な)ふるまい」です。
<例えて言えば…>
① 組織のルールがよく遵守されている/あまり遵守されていない。
② メンバー相互間に意思疎通と信頼関係が形成されている/いない。
③ 他のメンバーの協力を受けやすい/うけにくい。
④ 仕事に必要な情報やノウハウが共有化されている/されていない。
⑤ 組織的な決定が行われ、それが計画的に実行されている/されていない。
(2)組織が「仕事(組織的協働)をする」上での成長段階を経るということ
働く人たちの成長段階は、「個人」と同時に、「組織」に着眼して考えることができます。と言っても「組織」は実在しないので、結局それは「働く人たち」の「組織的なふるまい(言動・態度・思考・習慣)」のレベルアップですが…
①組織の成長の第一段階:混沌レベル
組織における人と人の協働関係が未確立な段階。組織内の情報や意思の共有化が不十分、ルールも無視・軽視されがちで、仕事の成否が特定の個人に依存しすぎていたりする。概ね、「何が起きるか(どうなるか)分らない」状態。
②組織の成長の第二段階:進行レベル
組織における人と人の協働関係が確立中。組織内の情報や意思の共有化が進み、仕事の進め方において準則性(ルールに則って)や協働性(特定個人に依存しすぎない)が進みつつある。ようやく「組織らしくなってきた」状態。
③組織の成長の第三段階:確立レベル
組織における人と人の協働関係が確立済。組織内での情報と意思の共有化だけでなく、相互啓発や相乗効果が発揮される。もはや外部からの指導や支援を必要とせず、人の成長を促進し、同時に自ら成長する組織となる。
(3)「組織の成長」は同時に「人の成長」
「組織が成長する」ということは、「組織に従属する人たち」を作り出すことではありません。しかし現実には多くの人たちが組織に依存・従属し、人間らしい思考や感情を停止してしまう傾向も否定できません。
働く人たちの成長段階は前記のとおりですが、これは同時に、その人と組織の関係が「従属」関係から⇒「構成」関係を経て⇒「主導」関係に転化することを意味します。そうでなければ人と組織の関係は「疎外関係」に陥ります。
「人間らしい思考や感情を停止すること」を誰も「人間の成長」とは言いません。もし企業という組織が働く人たちにそれを求めるなら、それはまさに人と組織の関係が「人間のための組織が逆に人間を支配する関係」に陥った証拠です。