設問)職場での、日常的な部下指導を行う上でのポイントは?
A1)部下の「言動・態度・発想・習慣」が「変容する」のでなければ「育成(成長の促進)」の意味がない。
①「二十歳(はたち)過ぎたら人は変わらない」とか、「あの人は昔から変わらない」という言い方には筆者も同感です。また、「自己尊厳が自己成長の壁になる」とか、「否定は成長に結びつきにくい」というのは筆者自身の感慨です。
人は「変わらない」ということ(自己同一性・自己不変性)が、自己認識の中核をなしているよいうに、筆者には見えます。家庭や学校におけるのとは違い、企業や職場で新卒者から定年者まで見ても「人は変わらない」と思います。
② しかし、仕事上の知識や技術は、「知らなかったことを知る」「できなかったことが出来る」という意味での「変容」ですが、仕事をすすめる上での言動・態度・思考・習慣なども必要に応じて「変容」が可能であり必要です。
一方、さらに深い人格的要素、持って生まれた気質や、幼児期から学童期にかけて形成されたパーソナリティーは、企業における「育成」では変わり難く、「受容」や「尊重」の対象であっても「変容」の対象ではありません。
知識 ↑ 変容が容易
技術
言動・態度・思考・習慣
パーソナリティー
気質 ↓ 変容が困難
③ ところで、上記のうち、「言動・態度・思考・習慣」の「成長(変容)」こそが、もし「部下の育成」が「上司」に委ねられたのであれば、上司たる者の腕の見せ所だろうと思います。
それは、現実的・具体的に言えば、先ず、上司自身がそれを自らの「言動・態度・思考・習慣」としていることです。意識の高い部下ならそれを観るだけで自らの「言動・態度・思考・習慣」に栄養として吸収するでしょう。
そうでない部下に対しては、結局は山本五十六流の「やってみせ…」の言葉に行きつくのかも知れませんが、筆者は、さらにカウンセリングマインドにそったやり方を提唱しています。
ア)その状況に一緒に観を置く。
イ)その状況でどう感じるかを一緒に感じ、どう思うかを一緒に思う。
ウ)それに基づいてどのような言動や態度を選ぶかを一緒に選ぶ。
エ)それによって眼前や周囲にどんな変化や影響があったかを一緒に観る。
オ)それが良かったか、どうすればもっと良かったかを一緒に評価する。
カ)別の状況でア)から繰り返し、一緒に学習する。
④ いかなる人の根本にも、極めて強固な「自己保全・肯定・尊厳」の本能と欲求があります。「成長する」ためには何らかの「自己否定」が必要ですが、多くの場合、「自己保全・肯定・尊厳」がむしろ成長の「壁」になります。
つまり、上司が部下の指導育成にあたり、部下のやること為すことを否定したり干渉ばかりしていては、部下の「自己保全・肯定・尊厳」感を損なってしまい、部下は自ら成長の動機付けを引っ込めてしまいます。
しかし、人の成長は、「自己保全・自己肯定・自己尊厳」の壁と闘い、それを「超えた」ところにしか無い、と少なくとも筆者は信じます。今現在の壁を肯定しつつもそれを越えて、新たな高みに立つことが「成長」であるはずです。
⑤ 人は、自分を肯定し、尊重してくれる人の言うことは聴き容れ、そうでない人の言うことは聴き容れようとはしません。上司が部下の育成を考えるなら、まずは上司と部下との間に肯定と尊重と信頼の相互関係が必要です。
上司と部下との間に、そうした関係が築かれてはじめて、上司が部下の成長を促進する関係が成り立ちうるのだろうと思います。(その上で、旧い言葉で言えば「上司が部下を感化する」ことです。「反面教師」という意味でも…)
⑥ 組織も、人と同様に変わりません。筆者はいくつかの国内企業を渡り歩いてきましたが、いずれの企業においても「自分たちは昔からこのやり方でやってきた(だからそれがいちばん良い)」という有言無言の圧力を実感しました。
もちろん「組織」と言ってもそこに実在するのはそれを構成する人たちの「組織的な(非組織的な)言動や態度や思考や習慣」ですから、「変わらない」のは人も組織も同じであり、それを「変える」ことの必要性も可能性も同じです。
A2)「育成」上のいくつかの具体的テーマに基づく「変容」の取り組みについて
例1)例えば「職場のコミュニケーションの向上」というテーマについて
「挨拶・返事・礼儀」は、どのような集団や組織においても「当たり前」の言動・態度・習慣であるはずですが、現実には、企業や職場でこれがそうではなく、「部下と上司」間でも 「挨拶・返事・礼儀」を欠く事例があります。
「分っている」ことと「やっている」ことのギャップが大きく、逆にギャップを埋めやすいテーマですので、部下-上司関係や社内-社外の関係のいかんを問わず、「挨拶・返事・礼儀」の徹底を即日「当たり前化」すべきです。
「挨拶・返事・礼儀」は、新人がオリエンテーションで教わったことを職場に持ち帰って早速実行しようとしても、職場の先輩や上司にそれが習慣化されていなければせっかくのオリエンテーションの効果も減衰してしまいます。
新人が職場に配属されたのを良い機会にして、「挨拶・礼儀・返事」の習慣化をリフレッシュすべきです。特に「返事」は、仕事のしかたの上では「クイック・レスポンス」に通じますし、「仕事を抱え込まない」習慣化にも通じます。
例2)例えば「報告・連絡・相談の励行」というテーマについて
これも「当たり前」なテーマですが、現実には、これを欠く事例があります。例えば次のような場面で「正確・迅速・丁寧な報告・連絡・相談」が行われているか、もしそうでないならその場で改めるべき(直ぐにそうできるはず)です。
□ 相手への「気後れ」が「手遅れ」になっていないか?
□ 不都合な事情ほど「迅速に」報告が行われているか?
□ 仲間うちだけでなくトップに向けた報告が行われているか?
□ 最初に結論を言い、その次理由を3つ言う、の要領で報告されているか?
□ 事実関係をふまえて(憶測や意見と峻別して)報告しているか?
□ 口頭だけでなく資料で報告しているか?
新人が職場に配属されたのを良い機会にして、「報告・連絡・相談」の習慣化をリフレッシュすべきです。特に「報告」は、組織で仕事をする者の義務であり、組織にとっては血管であり血液でもあります。
例3)例えば「気付きと配慮」というテーマについて
組織とは、それを構成する人たちの言動・態度・思考・習慣およびそれらの相互作用ですが、例えば「尊厳」や「気付き」や「配慮」が相互の言動や態度や思考や習慣として定着すればきっと「良い組織」になるでしょう。
「尊厳」とは、お互いの「自己尊厳」を尊重する言動・態度・思考・習慣であり、「気付き」とは、お互いの自己認識の向上であり、「配慮」とは「相手の立場や視点で発想すること」です。
これらのことを部下と職場に習慣化するためには、やはり上司自身がそれらに基づく言動・態度・思考・習慣を実践するとともに、部下にそれらに反し、損ねる言動・態度・思考が見られた場合には根気強く是正する以外にはありません。
□ 共用場所(会議室やコピー機周り)の使い方(あとで使う人への配慮)
□ 報告書の書き方(相手の疑問に答え、相手が理解できる書き方)
□ 企業や職場での時間や約束やルールの遵守(それらへのRespect)
例4)例えば「仕事への積極性・主体性・責任感」というテーマについて
「部下に仕事への積極性・主体性・責任感が見られない」という悩みは「育成」上のテーマとしてより、半分以上は「採用」上のテーマでもあり、「動機付け」や「選別や評価」のテーマとして対応したほうが良いでしょう。
① 「採用」上のテーマとして
部下に仕事への積極性・主体性・責任感が見られないとしたら、そもそも「その仕事に興味や関心(つまり「指向適性」)がなかったのではないかを「自己申告と観察育成(後出)」によって振り返ってみるべきです。
② 「動機付け」上のテーマとして
部下に仕事への積極性・主体性・責任感が見られないとしたら、その仕事自体や、その仕事を通じた人間関係に問題(仕事の量が多すぎる、仕事が難しすぎる、仕事相手との不調など)があるのかも知れません…
③ 「選別」や「評価」上のテーマとして
いわゆる「マンネリ化」が見られるとしたら、部下と仕事の組み合わせを変更すること(つまり「ジョブローテーション」)も必要でしょうし、人事評価とそのフィードバックによって本人を意識付けできるかも知れません。
例5)例えば「コンプライアンス」というテーマについて
「コンプライアンス」を育成上のテーマとする場合に、「何がコンプライアンスに反するか?」という「知識」だけでなく、その人自身が直面する具体的な場面で「コンプライアンスに則った」判断や行動ができなければなりません。
企業のコンプライアンスのレベルは、その構成員の日常的な言動や態度を観察すれば分かります。法益(法が守ろうとしている価値、例えば個人の尊厳)を軽んじる言動や態度が多い組織や企業のコンプライアンスのレベルは低いです。
それを改めるなら、法益を軽んじるような言動や態度を改めることから始め、そうした言動や態度のもとになる考え方や発想を改めるように仕向け、いかなる場合も法益を重んじることを「当たり前(習慣化)」しなければなりません。
そうするうちに、コンプライアンス(法益の尊重)は、その組織や企業の価値観としてようやく定着するでしょう。コンプライアンス違反を問われた企業の幹部が「今後は教育を強化する」と言うのとは、「ちょっと違う」と思います。
A4)OJTとOff-JTの連携
採用選考を経て職場に配属された新人は、自動車の運転で言えば「仮免許」の段階ですので、職場としては、下掲のような「自己申告表・観察育成表」を用いて、採用や配属に問題がなかったかどうかをフォローする必要があります。
新卒の新人を正規雇用(無期雇用)する場合は、試用期間(最短でも6ヶ月、)を含めて2年間は「観察育成期間」として文字通り「観察と育成」に徹し、性急な成果を評価を求めないほうが良いでしょう。
目標管理も人事評価も昇給昇格も、「観察育成期間」は未適用とし、むしろその間に、新人の資質・能力・指向・行動の特性をよく観察して本人にフィードバックし、本人の自己認識を高めることがその後の「成長」の第一歩です。